BUNTABI Project

BUNTABI = 文旅 / 偉大な文筆家たちの美しい文章を通じて、過去の日本を旅するProject

秋の暈

場 所:長野 信濃追分

作 者:織田作之助

作 品:秋の暈

初 出:不明

季 節:秋

 

十時何分かの夜行で上野を発った。高崎あたりで眠りだしたが、急にぞっとする涼気に、眼をさました。碓氷峠にさしかかっている。白樺の林が月明かりに見えた。すすきの穂が車窓にすれすれに、そしてワレモコウの花も咲いていた。青味がちな月明りはまるで夜明けかと思うくらいであった。しかし、まだ夜が明けていなかった。

やがて軽井沢につき、沓掛をすぎ、そして追分についた。

薄暗い駅に降り立つと、駅員が、

「信濃追分!信濃追分!」

振り動かすカンテラの火の尾をひくような、間のびした声で、駅の名をよんでいた。乗って来た汽車をやり過ごして、線路をこえると、追分宿への一本道が通じていた。浅間山が不気味な黒さで横たわり、その形がみるみるはっきりと浮び上がって来る。間もなく夜が明ける。

人影もないその淋しい一本道をすこし行くと、すぐ森の中だった。前方の白樺の木に裸電球がかかっている。にぶいその灯のまわりに、秋の夜明けの寂けさが、暈のように集っていた。しみじみと遠いながめだった。夜露にぬれた道ばたには、高原の秋の花が可憐な色に咲いていた。私はしみじみと秋を感じた。

 

(一言)

秋の暈、というタイトルの"暈"をはじめ、”めまい”と読んでいた。すると裸電球の「にぶいその灯のまわりに、秋の夜明けの寂けさが、めまいのように集っていた」となり、よく意味が取れない。調べると”暈”は”かさ”とも読み、太陽や月の周囲にぼんやりと発生する淡い光の輪を意味する。こちらを採るべきだろう。

 

ワレモコウ

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