BUNTABI Project

BUNTABI = 文旅 / 偉大な文筆家たちの美しい文章を通じて、過去の日本を旅するProject

法師温泉 その1

場 所:法師温泉

作 者:若山牧水

作 品:みなかみ紀行

出版年:1924年

季 節:秋

 

(引用)

吹路という急坂を登り切った頃から日はようやく暮れかけた。風の寒い山腹をひた急ぎに急いでいると、折々路ばたの畑で稗や粟を刈っている人を見た。この辺ではこういうものしか出来ぬのだそうである。従って百姓たちの常食も大概これに限られているという。かすかな夕日を受けて咲いている煙草の花も眼についた。小走りに走って急いだのであったが、ついに全く暮れてしまった。山の中の一すじ路を三人引添って這うようにして辿った。そして、峰々の上の夕空に星が輝き、相迫った狭間の奥の闇の深い中に温泉宿の燈影を見出した時は、三人は思わず大きな声を上げたのであった。

 

(一言)

法師温泉までの急な坂道を徒歩で登っているのである。およそ100年前のことで、車などない。日の「全く暮れてしまった」山道は暗く寒く、心もとなかったことだろう。