BUNTABI Project

BUNTABI = 文旅 / 偉大な文筆家たちの美しい文章を通じて、過去の日本を旅するProject

野趣に満ちた温泉 -花敷或いは尻焼温泉-

場 所:群馬県 花敷温泉 尻焼温泉

作 者:若山牧水

作 品:みなかみ紀行

出版年:1924年

季 節:秋

 

(引用)

崖を降り橋を渡り一軒の湯宿に入ってまず湯を訊くと、庭さきを流れている渓流の川下の方を指さしながら、川向うの山の蔭にあるという。ひたひたと瀬につきそうな危ない板橋を渡ってみると、なるほどそこの切り削いだような崖の根に湯が湛えていた。相ならんで二ヶ所に湧いている。一つには茅葺の屋根があり、一方には何もない。苦笑しながら二人は屋根のない方へ寄って手を浸してみると恰好な温度である。もう日もかげった山陰の河ばたの風を恐れながらも着物を脱いで石の上に置き、ひっそりと清らかなその湯の中へうち浸った。ちょっと立って手をのばせば河の瀬に指が届くのである。

「何だか河まで温かそうに見えますね。」と年若い友は言いながら手をさし延ばしたが、慌てて引っ込めて「氷のようだ。」と言って笑った。

 

(一言)

花敷温泉の近くに尻焼温泉という川の流れを堰き止めて作られた温泉がある。作者が訪れたのはおそらく、花敷温泉ではなくこちらの方ではないだろうか。温泉が川の底から湧き出しているために流れを堰き止めて温泉としているのだ。現在はプールのように広々としたものになっているようだが、当時は小さかったことがわかる。