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BUNTABI Project

BUNTABI = 文旅 / 偉大な文筆家たちの美しい文章を通じて、過去の日本を旅するProject

草津温泉の時間湯

場 所:群馬県 草津温泉

作 者:若山牧水

作 品:みなかみ紀行

出版年:1924年

季 節:秋

 

(引用)

私は彼を誘ってその時間湯の入口に行った。中には三四十人の浴客がすべて裸体になり、幅一尺、長さ一間ほどの板を持って大きな湯槽の四方をとり囲みながら、調子を合わせて一心に湯を揉んでいるのである。そして例の湯揉みの唄を唄う。先ず一人が唄い、唄い終わればすべて声を合わせて唄う。全身汗にまみれ、自分の揉む板の先の湯の泡に見入りながら、声を絞ってうたい続けるのである。時間湯の温度はほぼ沸騰点に近いものであるそうだ。そのために入浴に先立って約三十分間揉みに揉んで湯を柔らげる。柔らげ終ったと見れば、各浴場ごとに一人ずつついている隊長がそれを見て号令を下す。汗みどろになった浴客はようやく板を置いて、やがて暫くの間各自柄杓を取って頭に湯を注ぐ。百杯もかぶった頃、隊長の号令で初めて湯の中へ全身を浸すのである。湯槽にはいくつかの列に厚板が並べてあり、人はとりどりにその板にしがみつきながら隊長の立つ方向に面して息を殺して浸るのである。三十秒が経つ。隊長が一種気合いをかける心持ちである言葉を発する。衆みなこれに応じて「オオウ」と答える。答えるというより唸るのである。三十秒ごとにこれを繰り返し、かっきり三分間にして号令の下に一斉に湯から出るのである。三分間は、わずかに口にその返事をこたえるほか、手足一つ動かす事を禁じてある。動かせばその波動から、熱湯が近所の人の皮膚を刺すがためであるという。この時間湯に入ること二三日にしてわきの下や股のあたりの皮膚がただれて来る。歩行も。ひどくなると大小便の自由すら利かぬに到る。それに耐えて入浴を続けること約三週間で次第にそのただれが乾きはじめ、ほぼ二週間で全治する。その後の心身の快さは、ほとんど口にする事の出来ぬほどのものであるそうだ。杖にすがり、他に負われて来るものもある。そして湯を揉み、唄をうたい、煮ゆるごとき湯の中に浸って、やがて全身を脱脂綿に包んで宿に帰って行く。これを繰り返すことおよそ五十日間、こうした苦行が容易な覚悟で出来るものでない。

 

(一言)

今でもオフシーズンでは時間湯の体験ができるそうである。あえて皮膚をただれさせるほどの”苦行”ができるかどうかはわからないが。若山牧水は歌人である。草津温泉で3句を残しているが、そのうちの一句を記載しておく。

 

 湯を揉むとうたへる唄は病人がいのちをかけしひとすぢの唄

 

病人と書いて、やまうどと読ませている。まさしく命をかけての温泉治療である。

 

時間湯オフィシャルサイト

草津温泉の湯治 時間湯オフィシャルサイト