BUNTABI Project

BUNTABI = 文旅 / 偉大な文筆家たちの美しい文章を通じて、過去の日本を旅するProject

BUNTABI Projectとは

もし僕らがどこかを旅しようと思い立ったとする。旅先はどこでもいい。日本でもいいし、海外でもよい。そのときの僕らの取るであろう最初の作業はおそらく、ネット検索することだろう。検索エンジンに、目的地を含めたいくつかのKey wordをインプットすれば、たちどころに旅先に関係したウェブサイトがいくつも現れる。しかもそれらのウェブサイトはたいてい、美しい風景やおいしそうな食事などの画像が貼付けてあるし、行き方や見どころ、食べどころ或いは価格などの情報が余すところなく、かつ簡潔に紹介されていてるのだ。親切で便利なことこの上ない。文句のつけようもないし、つける必要もないのである。

 

ではそれで完全に満足しているのかといえば、どうやらそういうわけでもない。Key wordを変え、或いはサイトを絶え間なくサーフィンし、もう調べることのできるものは大抵調べたであろう、という段階になっても、なにかがすっぽりと抜け落ちているような、落ち着かない気分に襲われる。そして僕の場合はそうなのだが、結局、ネット上の情報収集だけではなかなか旅をするという”行動”の決定打にはならないのである。調べただけで終わってしまうことが多い。

 

Amazonで本などのモノを購入しようとすると、かならず商品ごとに5段階評価とレビューがついていて、とても参考になる。評価とレビューに少しも影響されずに購買することは、少なくとも僕にとっては至難である。Amazonユーザーである僕も頻繁に電子書籍を買うが、たいていそれらの質は、評価とレビューに相関していると思っている。

 

ところが旅先を決めるのに、僕の場合はそうした評価やレビューのある旅行サイトを利用しようと思ったことは一度もない(閲覧したことはある)。一体なぜだろう。はっきりとした理由はなさそうだ。だがもし強いていうならば、評価1位の場所は当然観光客で混み合っているだろうと予想するわけで、わざわざ行こうとは思わないし、かといって低い評価の場所にわざわざ出向くかといえば、そういう気にもならないからだろう。つまり電子書籍などのモノは僕という個人が使用するだけだが、旅という(ソフトな)行為は僕個人では閉じることができないというところに大きな違いがあるようだ。具体的に見てみよう。たとえばトリップアドバイザーで”鎌倉の観光地”を検索してみる。トップ5は今時点では次のようになっている。

 

 1位:えびす屋 鎌倉店

 2位:鎌倉 小町通り

 3位:江ノ電

 4位:高徳院(鎌倉大仏)

 5位:鎌倉ハイキングコース

 

5位から順番に私見を述べさせていただく。まず「鎌倉ハイキングコース」。とてもアバウトな表現です。たしかに鎌倉のハイキングコースは僕もとてもいいと思う。だけれども、コースはたくさんあるのだから、もっときちんと説明しないと、訪れたことのない人にとってはそのようなコースが一本だけあるように勘違いするのではないかと思う。4位の鎌倉大仏。僕は嫌い。観光客が多すぎるから。3位の江ノ電。好き。いいと思う。江ノ電の車窓から眺める稲村ケ崎の海辺の風景は本当に素晴らしいと思う。でも江ノ電は交通機関であって、江ノ電を目的に観光するのは鉄道マニアのあいだの世界でいいのではないかと思う。マニアの世界が3位にランキングされるのは違和感がある。2位は小町通り。小町通りは電車で鎌倉駅を降りれば、ほぼ必ず通る道。1位はえびす屋。人力車サービスのお店なんですけど(苦笑)。まあ百歩譲って人力車を使って鎌倉を巡るというのは気持ちがいいものなのかもしれないし、人力車を引くお兄さんがいい場所に連れて行ってくるのかもしれないが、それでも移動手段に過ぎない。

 

もちろんこれらは僕個人の趣向とは違うということを意味するに過ぎない。こうした旅行サイトの評価や口コミを信用できないなどというつもりはない。参考にしてもいいと思う。なぜなら上位にランキングされている観光地(?)はとても「有名」だから。「鎌倉大仏を見てきましたよ」と言えば、「あそこね。わたしも行ったことがある」という会話は成立しやすいわけである。しかしそのことと旅の質とは無関係である。旅の質というのはその人間の趣向に大きく影響を受ける。鎌倉の上位5位は「とにかく有名なところが行ければいい」という人には参考になるだろう。ただそういう人ばかりではない。たとえば僕の場合のように「禅」に強い関心がある場合はランキングは全く変わるだろう。ちなみに僕の"鎌倉の観光地"上位5位は

 

 1位:海蔵寺

 2位:瑞泉寺

 3位:江ノ電からの稲村ケ崎の海辺の光景

 4位:円覚寺

 5位:半僧坊(建長寺の奥の丘にある)からの眺望

 

といった感じだろうか。スポーツ好きな人の場合は全然別のランキングになるだろう。サーフィンやフィッシング、サイクリングやハイキングなどのスポットがランキングされるだろう。僕が言いたいのはつまるところ、旅というのはAmazonの商品とは違うということである。他人の評価はあまりあてにならないのである。

 

だから旅について言及する限り、個人の趣向の影響からは逃れられない。本サイト"BUNTABI Project"ももちろん例外ではない。共感を得られるかどうかはまったくの未知数である。それでもこのようなProjectを開始しようと思ったのは僕個人の趣向に合った旅行サイトがなかったからに過ぎない。"BUNTABI"とは文章を通じてイメージの旅をしてみよう、という試みである。ネットには旅先の画像は豊富にあるし、動画さえ無数にあるだろう。しかしそれらは現在に属するものだ。画像は過去のものも多くあるかもしれないが、写真以前まで遡ることはできない。一方で文章はカメラ普及前の時代から多くが残されているはずだ。紀行文であれ、小説であれ、短歌や俳句や詩の形であれ、日本のどこかの土地と結びついた文章が今も残されているはずなのだ。だから文章を通じて旅をするということは過去の日本をその作者の感覚を通じて旅するということである。また文章は画像や動画では表現できないある種の力を秘めている。すぐれた文章は僕らの眼前に海や山を展開し、僕らの耳元に波や葉擦れの音を奏でることができる。それらはただのイメージに過ぎないと言われるかもしれないが、イメージすることが現実であると考えれば、過去に書かれた文章は現在の現実にさえなりうるのだ。

 

このようなことから本サイトは「著作の引用」がメインとなるだろう。この試みがうまくいくのかどうか不安である。だがもし引用が累積していき、それらのどれかを目にした閲覧者が、その引用をきっかけに旅に出てくれたとしたらこれほど嬉しいことはない。無数の文筆家に対し、尊敬の念を新たにしつつ、BUNTABI Projectを開始することとしよう。